護送船団方式

護送船団方式とは

新聞や雑誌で良く目にする言葉に「護送船団方式」と言う言葉があるが、分かりそうであやふやな言葉なので調べてみた。

 

まずWikipediaでは「護送船団方式」を以下のように説明している。
『護送船団方式(ごそうせんだんほうしき)とは、日本の行政手法の一つ。軍事戦術として用いられた「護送船団」が船団の中で最も速度の遅い船に速度を合わせて、全体が統制を確保しつつ進んでいくことになぞらえて、日本の特定の業界において一番経営体力・競争力に欠ける事業者(企業)が落伍することなく、存続していけるよう、行政官庁がその許認可権限などを駆使して業界全体をコントロールしていくことである。

 

特に、第二次世界大戦後の日本の金融行政において典型的にみられるが、金融業界以外でも様々な業界で行政官庁の強力な行政指導が存在し、これらも「護送船団方式」と表現されることがある。また、広くは国全体が「護送船団方式」ではなかったのかと評されることもある。

 

そもそも護送船団方式は、「落伍者を出さない」(いい換えれば破綻はさせない)ことに主眼が置かれ、自由な市場競争により他より優れた商品・サービスを供給したものが勝ち残るという、本来の資本主義経済になじまない部分があったと指摘される。そして、バブル崩壊後の1995年には木津信用組合が倒産をし、また兵庫銀行が戦後初の銀行倒産となり、護送船団方式が揺らぐ。その後、「金融ビッグバン」の進行に伴い、金融庁が設置され、指導行政は緩和された。

 

日本では金融業界に限らず、様々な業界で行政官庁の強力な行政指導が存在したことから、「国が実質的に地方経済を経営していた」と見る論者もおり、この行政指導による「護送船団方式」を指して、「日本は世界で最も成功した社会主義国家だ」等という揶揄が外資やエコノミストによってなされる場合がしばしばある。』

 

また、はてなキーワードでは、『戦後日本の金融行政のこと。過度の競争を避けて、金融機関全体の存続と利益を実質的に保証する政策。元々は軍事用語。船団を護衛するとき、最も速力の遅い船に合わせて航行することからこの名が付いた。』

 

また、似た言葉として「プルーデンス政策」というものもあるが、従来の日本のプルーデンス政策はいわゆる「護送船団方式」と呼ばれた。

 

英語では、「護送船団方式」のことを"convoy system"(英辞郎 Ver2.0)と言う。

 

 

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護送船団方式と金融ビッグバン

山一証券や北海道銀行の倒産は、記憶に新しいことだと思います。この山一証券や北海道拓殖銀行の倒産を機に政府は、それまでの金融機関を手厚く保護する「護送船団方式」という政策の転換をせまられた。それまでの大蔵省は、体力の最も弱いものに合わせた金融行政の舵取りを行い、1行の銀行をとも倒産させない方針で政策を行っていた。これを英国のビッグバンと区別する意味で「金融ビッグバン」または「日本版ビッグバン」と言う。

 

この「金融ビッグバン」により銀行業務や証券業務、生保業務の相互参入ができるようになり、これにより証券会社や保険会社への外資系の進出が活発になった。また、外為法の改正が行われ外国為替業務が緩和されたことで、銀行以外の一般企業や個人も外貨取引が自由にできるようになった。

 

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